2008年07月09日

カミュの『異邦人』

高校生のころ読んでたいへん感銘を受けた
カミュの「異邦人」の一番の魅力は
なんといっても
「夏の夕暮れの安らぎと開放感」でした。

「異邦人」について語るのであれば
まず夕暮れの描写の美しさからはじめたいと思います。

なあんてちょっと唐突ですが
今日国際展示場の「ISOT」へ行った帰り
ひとりで夕暮れの景色を眺めながら
生ビールを一杯やっていたら
珍しく心が解き放たれるような気持ちを覚え
ふっとカミュの「異邦人」のことを思い出した次第。

やはり本当に肝心なことは
意外に身にしみ込んでいるものだなと
少し安心しました。

「異邦人」でおそらく一番美しいと思われるのはこの一節です。

「私はただ一つ覚えている、--終わり頃に、弁護士がしゃべり続けているさいちゅうに、街の方から、この法廷のひろがりを渡って、アイスクリーム売りのラッパの音が、私の耳もとまで届いて来たのだ。もはや私のものではない一つの生活。しかし、そのなかに私がいとも貧しく、けち臭い喜びを見い出していた一つの生活の思い出に私は襲われた。夏のにおい、私の愛していた街、夕暮れの空、マリイの笑い声、その服。この場で私のした一切のくだらなさ加減が、そのとき、喉元までこみ上げて来て、私はたった一つ、これが早く終わり、そして独房へ帰って眠りたい、ということだけしかねがわなかった。」

(アルベール・カミュ『異邦人』窪田啓作/訳)


開高健がむかし
「カミュを読むことはカミュと握手をすることだ」
と言いましたが
こんな一節を読むとその気持ちがよくわかりますね。
posted by 今夜も前祝い at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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